【ブログ日記】 もしも・・・
2009年4月27日(月) 11:29 JST
1981年4月27日、日曜の午後でした。
珍しく時間があったので昼寝をし、
目が覚めると、ふとオートバイに乗りたくなり、
国道一号線を京都に向かって走り出しました。
自宅から、5分ほどのところで・・・・
松下電器本社の前に差し掛かった時、
突然、前方にワゴン車が・・・・
「まさか! 分離帯があるのに、なぜ???」
こちらが80キロ、相手が80キロなら160キロ・・・
急ブレーキ!!!
間に合うはずもない!
スローモーションで車が近付き・・・・
正面衝突!・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
あの交通事故からちょうど28年・・・
あれがなかったら、
私は今頃、何をしていただろう。
いろんな可能性があっただろう。
パナソニックの幹部になっていたかもしれない。
全日本合唱連盟の理事、
オーケストラの指揮者として
音楽活動を続けていただろう。
逆に、悲惨な人生になっていたかもしれない。
いずれにせよ、『地球村』はなかっただろう。
あなたとの出会いもなかったでしょう。
きょうの記念として、
「もし『地球村』がなかったら・・・」
「もし出会っていなければ・・・」
ということで、ちょっと考えてみてください。
珍しく時間があったので昼寝をし、
目が覚めると、ふとオートバイに乗りたくなり、
国道一号線を京都に向かって走り出しました。
自宅から、5分ほどのところで・・・・
松下電器本社の前に差し掛かった時、
突然、前方にワゴン車が・・・・
「まさか! 分離帯があるのに、なぜ???」
こちらが80キロ、相手が80キロなら160キロ・・・
急ブレーキ!!!
間に合うはずもない!
スローモーションで車が近付き・・・・
正面衝突!・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
あの交通事故からちょうど28年・・・
あれがなかったら、
私は今頃、何をしていただろう。
いろんな可能性があっただろう。
パナソニックの幹部になっていたかもしれない。
全日本合唱連盟の理事、
オーケストラの指揮者として
音楽活動を続けていただろう。
逆に、悲惨な人生になっていたかもしれない。
いずれにせよ、『地球村』はなかっただろう。
あなたとの出会いもなかったでしょう。
きょうの記念として、
「もし『地球村』がなかったら・・・」
「もし出会っていなければ・・・」
ということで、ちょっと考えてみてください。


















