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NPO法人ネットワーク『地球村』代表。 「美しい地球を子どもたちに」と呼びかけ、環境と平和を中心に、社会問題や生き方について本の執筆や講演活動を続けている。
1947年 大阪府生まれ
1970年 大阪大学卒業後、松下電器産業(株) 入社。
1981年 大きな交通事故で一命を取り留め、生き方が変わる。 環境や平和の問題に取り組み始める。 所属会社製品のフロン全廃を提案、実現へ。
1991年 ネットワーク『地球村』を設立。全国で講演し本を執筆。 国際環境会議に出席。
1998年 松下電器産業(株)退社 2007年 現在に至る
「事実を知らせる、問題解決を提言する」という『地球村』の活動の基本です。 これまでの講演会は3300回、少人数のセミナーを合わせると1万回以上、 聴いた方は200万人を超えています。(2006年は、全国で113回の講演) 環境問題、生き方、人間関係に力を入れ、団体、企業、自治体での講演が増えています。 数十名から1000名以上の規模まで、講演テーマは「環境、ロハス」と「コーチング、生き方」が中心です。 → 講演スケジュール
「自分とは何か、どこから来たのか、どこへ行くのか。」子どものころから、ずっと考えてきました。親や回りの大人に尋ねましたが、満足の行く答えは得られず、物事に熱中することで自分の存在を確かめる子ども時代でした。(詳しくは書籍「選択可能な未来」へ)
学生時代はベトナム戦争中で平和運動のピークでした。ガンジー師の『非暴力』を理念にし、平和のデモ行進をしていると、機動隊が襲ってきました。こちらは『非暴力』だったのに、なぜ死傷者が出るのか。平和運動を断念しました。(詳しくは書籍「非対立の生き方」へ)
1981年、社会人10年目の33歳の時に交通事故に遭い、意識不明の重体になりました。夢と希望を打ち砕かれて、病院のベッドで寝ながら、生き方や地球のことを真剣に考えました。「自分とは何か」「本当の幸せとは何か」、子ども時代からの謎の答えが得られました。(詳しくは書籍「選択可能な未来」へ)
1年間のリハビリ後、職場復帰しましたが、仕事のない窓際で死ぬか生きるかばかり考えていました。あるとき “自分を認め、自分がしたいことをすればいいんだ。”と気づき、好きな音楽で画期的な新製品を開発し、本当の復帰を果たしました。(詳しくは書籍「選択可能な未来」へ)
職場の合唱団で指揮を務めていましが、万年二位でトップが取れませんでした。事故の後は、それまでの強力な指導をやめ、コーチングの手法で団員に任せ信頼することで、毎年優勝するようになりました。(詳しくは書籍「オーケストラ指揮法」へ)
1989年「特定フロン全廃」を決議した会議で、日本だけがサインしませんでした。社長に直接話した結果、業界に先駆けて、私のいた会社は特定フロン全廃を決定、日本は翌年、議定書にサインしました。(詳しくは書籍「選択可能な未来」へ) )
社会を変える市民のネットワークを作ろうと思いました。学会や国際会議に出席し、環境について研究し、農業、林業、畜産を体験し、アマゾンに行きました。自然が調和した小規模な未来の社会を『地球村』と名づけました。(詳しくは書籍「新地球村宣言」へ)
地球環境の現状は、一般に知られているよりはるかに深刻です。多くの市民が意識、価値観や生活を変えなければなりません。気づいた人が、自分のできることから実行、人に知らせていかなければなりません。「自分も始めよう!」という方のために、環境と平和のNGO(市民ボランティア)ネットワーク『地球村』を作りました。設立から10年以上がたち、仲間も増え、環境活動や難民支援などに成果が出始めました。いよいよあなたの出番です。どうぞあなたも仲間になってください。
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最終更新日: 2009年10月27日(火) 18:24 JST; 13,046 閲覧件数